映画『あのこと』は観ましたか?
2022年12月に公開されたフランスのドラマ映画です。
中絶が違法とされていた1960年代のフランスを舞台に、妊娠してしまった女子大生の苦悩と葛藤を描いています。
とても重たくて、当時起こっていたことをリアルに捉えている本作品は世界中で絶賛され、ヴェネツィア国際映画祭で最高賞である金獅子賞を受賞しました。
この記事では、映画『あのこと』の概要・あらすじを紹介するとともに、以下の6つのポイントでネタバレ解説をしています。
- 1960年代のフランス – 中絶は法律で禁止
- 大学生アンヌ 予期せぬ妊娠
- 周囲に言ってはいけない風潮
- 女性の選択権
- アンヌの決断
- その後のフランス
※ネタバレを含みますので、ご注意ください。
それでは、いってみましょう!
概要
2022年12月に公開されたフランスのドラマ映画です。
ノーベル文学賞を受賞したアニー・エルノーが記した自伝的な小説『事件』を原作としており、ただ物語を描くのではなく、実際にアニー・エルノーにインタビューを行い、非常に詳細な原体験をもとに制作されました。
そのこだわりも細部に表現され、監督・出演者ともにあまり有名な方々ではありませんが、作品の内容とクオリティは非常に素晴らしいものになっています。
作品時間は100分と、比較的に短い時間になっていますので、短い時間で観たい人にはとてもおすすめです。
監督 | オードレイ・ディヴァン |
出演 | アナマリア・バルトロメイ サンドリーヌ・ボネール ケイシー・モッテ・クライン ルアナ・バイラミ |
時間 | 100分 |
ジャンル | ドラマ |
制作 | フランス |
公開 | 2022年12月2日 |
予告動画
あらすじ
1960年代フランス
大学生のアンヌは優等生で、教授からの評価も高く周囲の友人からも頼られていた
順風満帆な学生生活を送っていた中、ある一夜の性交により思いがけず妊娠をしてしまう
アンヌは叶えたい夢があり、なんとか中絶する方法を探すが、当時のフランスは中絶が違法であったため、アンヌは絶望の淵に立たされる
どんどん追い込まれていくアンヌは、自身の夢を叶えるべく現実に立ち向かっていく
ネタバレ解説
映画『あのこと』のネタバレ解説を行います。
主に6つのポイントから解説しており、基本的にはストーリーの流れ通りに進めていきますが、ポイントによっては順不同となることがあります。
- 1960年代のフランス – 中絶は法律で禁止
- 大学生アンヌ 予期せぬ妊娠
- 周囲に言ってはいけない風潮
- 女性の選択権
- アンヌの決断
- その後のフランス
※ネタバレを含みますので、ご注意ください。
1960年代のフランス – 中絶は法律で禁止
本作品の内容に詳しく触れる前に、当時のフランスの情勢について解説します。
1960年代、フランスでは人工中絶が法律で禁止されていました。
その理由は、1960年代よりさらに時間を遡り、第一次世界大戦がきっかけとなっています。
第一次世界大戦で戦火となったフランスでは、大幅に人口が減少しました。
そのため、フランス政府としては「なんとかして人口を増やさないと!」となったわけです。
そこで1920年、フランスでは人工中絶が法律で禁じられたわけですね。
この法律は半世紀以上も続き、1975年にようやく人工中絶が合法化されました。
この50年の間に、果たしてどんなことが起こっていたのか?
その一つを描いたのが本作品です。
ネタバレ解説の最後にも紹介しますが、本作品のような事態が多発した結果、この法律がいかに破綻しているのか?あるいは、いかに女性を縛り付けているものなのか?という疑問を抱かざるを得なくなったわけです。
この前提を知った上で、ここからの解説に入ることで、本作品がさらに奥深く感じられるようになるかと思います。
大学生アンヌ 予期せぬ妊娠
本作品の主人公である女子大生のアンヌは順風満帆な生活を送っていました。
頭がよく、いわゆる優等生であり、周囲の友人や教授から頼られています。
自営業を営んでいる家族もアンヌに期待を寄せ、アンヌもその期待に応えるべく勉強に励んでいました。
アンヌは仲良し3人組でダンスパーティに出かけるなど、勉強以外でも楽しい毎日を送っていましたが、ある日生理がなかなか来ないことを心配し始めます。
友人からも「顔色が悪い」と言われ、病院で診てもらうと、妊娠を言い渡されてしまいました。
まさに晴天の霹靂、といった感じですね
アンヌには思い当たる節がありましたが、「性交の経験はない」と嘘をつきます。
医師に「なんとかしてほしい」と訴えますが、中絶が法律で禁止されている当時では、医師にはどうすることもできません。
加担すれば医師も捕まっちゃいますからね・・・
これまで頑張ってきた勉強にも全く身が入らず、図書館に行き文献などを調べようとしますが、そこには他にも同じような悩みを持っているであろう人もいました。
数々の病院を周り、何度も懇願しますが、やはりその病院もその声には応えてくれません。
しかし、それでもアンヌは喰らいつき、生理が起きる薬をもらうことに成功し、その薬を自分の足に注射しました。
これで大丈夫だろうと一時は安堵しますが、本当の絶望はここから始まるのでした。
周囲に言ってはいけない風潮
中絶が禁止されている時代において、他にも考えなければならない大きな問題がありました。
それは周囲の人間の存在です。
このような時代では、学生が妊娠してしまうことはあたかも禁忌であるかのようになっていました。
実際にアンヌの友人は「妊娠したら終わり」と言っており、中絶の話題に触れると、それさえも軽蔑するような態度を取っています。
もちろん家族にも言うことはできず、アンヌは1人で立ち向かわざる得ませんでした。
しかし、病院には拒否され、周りにも相談できない、という何も進まない現状とは裏腹に、胎児は成長しているので何とかしないといけません。
そこでアンヌはクラスメイトのジャンに打ち明けることにします。
ジャンも他の友人と同様にアンヌを軽蔑し、相談に乗る姿勢は見せませんでした。
徐々に学校に行かなくなると、教授からは「期待をかけていたのになぜ・・・」と失望されてしまいます。
仲良しの友人に意を決して打ち明けるも「関わりたくない」と言われてしまう始末で、ついにアンヌに逃げ場は無くなっていました。
しかし、胎児の成長は待ってくれません。
ついにアンヌは自身で中絶を試みるのでした。
ここのシーンは本当に見ていて辛かった・・・
細い棒を火で炙り、膣内に挿入していくのですが、想像を絶する痛さに耐えきれず、泣きながら断念しました。
女性の選択権
再び病院に行きますが、お腹の中の胎児は成長を続けている、と医師に言われます。
アンヌは「いろいろしてきたのになんで・・・」とうなだれていると、他の病院でもらった生理が起こる薬は流産を防止するための薬だったことを聞きました。
結局、医師としても中絶することに対しては否定的な見方をしており、女性にとっては「妊娠=出産」という選択肢しか存在しないわけです。
授かった尊い命なので、それを自ら失うという選択を取ることに対して否定的な意見があることももちろん理解しています。
しかしながら、そのジレンマを抱える気持ちというのは女性にしかわかりません。
当のマキシムは、「何とかできないのか?」とアンヌに任せっきりで自分で何とかしようとする姿勢は一切見せず、しまいにはアンヌに対して「態度が悪い」と怒ります。
なんだ、この無責任な男!!と思わざるを得ないですし、このマキシムの存在ことが「女性の選択権のなさ」を象徴している存在となっているわけです
アンヌは合意の上で性交を行い妊娠したのですが、同じ時代で性暴力の被害者となり妊娠してしまった人もたくさんいたわけです。
本作品では、女性に対する人権という長年語り続けられている大きな問題が、命の尊さという大きな問題に追い込まれてしまった、という悲しい歴史が描かれていました。
アンヌの決断
逃げ場なく追い込まれてしまったアンヌに救いの手が舞い降りました。
かつて軽蔑して離れていったジャンが中絶を経験したレティシアを紹介してくれました。
レティシアは400フランで中絶の処置をしてくれるリヴィエール夫人を紹介し、「ちゃんとしてくれるところだから安心して」と同じ境遇であるだけに寄り添います。
違法ということに対しては、医師のカルテに「流産」と書かれるか「中絶」と書かれるか、という運次第であると言います。
アンヌは自身の物を売り、何とか400フランを集めてリヴィエール夫人のもとに向かいました。
リヴィエール夫人は淡々と処置をこなし、アンヌは痛みに耐えながらも何とか処置を終えました。
アンヌは解放されたように明るくなり、学校の授業に再び出始めますが、現実はそう甘くはありません。
中絶は成功していなかったことがわかり、再びリヴィエール夫人の元を訪れますが、「これ以上は危険で、なす術がない」と言われてしまいます。
それでも自己責任の上で再び処置をしてもらったのですが、あまりの痛みにアンヌは耐えきれず歩けなくなり、寮に戻っても夜な夜な呻き声をあげて苦しんでいました。
何とか友人オリヴィアの助けを借りトイレに入ると、大量の血と胎児が膣内から流れ出し、へその緒でつながれぶら下がっている状態に絶句していまします。
ここのシーンを映せる作品は他にあるのでしょうか・・・最も衝撃で苦しい場面でしたね
オリヴィアにへその緒を切ってもらい、「ごめんね、許して」と言いながらアンヌは意識を失いました。
運ばれた病院では「流産」と診断され、無事手術を終えたアンヌは再び学校に姿を表し物語は終わっていきます。
これまでお腹の中にいた胎児に対して、“想い”のようなものは一切なく、自身の未来のことしか考えていないアンヌですが、その姿が表に出たとき、初めてその存在を実感しています。
この場面には、中絶の苦しさを描くと同時に、それを行うことで失う命の重さを物語るものになっていましたね。
その後のフランス
アンヌのような問題を抱えた女性が約50年増え続けており、これは由々しき問題ともなっていきました。
1970年代、そのことが明るみになります。
なんと、アンヌと同じように隠れて中絶手術を受けていた女性は、年間で100万人もいたそうです。
驚きを隠せないですね・・・
人工中絶手術に関して、医師によるものであれば安全であるものの、この100万人は秘密裏で行ったわけですから、当然失敗した人もいたわけです。
そうして選択の自由をなくし、追い詰められたゆえに自らの身体を傷つけてしまう事態が頻発し、ついに中絶の自由化を求める署名運動が巻き起こりました。
これには大きな議論が巻き起こり、女性の人権問題と命の問題で対立することになったのですが、1975年に人工中絶は合法化されることとなりました。
こういった規制の裏には表立ってない問題が多く存在している、ということを感じさせますね。
まったく別の話にはなりますが、かつて中国では人工増加による飢餓の恐れから「一人っ子政策」が実施されていました。
1組の夫婦からは1人の子どもしか産んではいけない、という法律です。
いろいろありますが、結果的に戸籍を持たない子どもが増えた、と言われています。
このように制度による負の遺産と呼ばれるものは、世界の各国でも存在しているのです。
各レビューサイトでの評価
本作品の世間の反応や評価について紹介します。
それぞれ点数と主なレビューを3件ずつ紹介していますので、気になる方はぜひリンク先をチェックしてみてください!
Filmarksの使い方については以下の記事を参考になります。
Filmarks
・多くは語れないけど、観終わった後、汗だくになっていた
・打ちのめされて、心がもたない
・この作品の感想を語る資格があるのだろうか・・・
Filmarks:『あのこと』映画情報・感想・評価ページ(https://filmarks.com/movies/98911)
IMDb
・決して説教くさくなく、私たちに語りかけてくれているような作品
・多くのことを考えざるを得ない、衝撃的な作品
・悲惨で目を背けたくなるけど、知る必要がある
IMDb 『L’événement』(https://www.imdb.com/title/tt13880104/)
Rotten Tomatoes
・その年で最も心を揺さぶる感動的な一作
・古典的なフランス映画でありながら、観ている人の心に入り込んでくる
・歴史的事実に、自制心と思いやりをもって臨んだ作品だ
Rotten Tomates 『Happening』(https://www.rottentomatoes.com/m/happening)
映画祭で最高の評価
本作品には超名人をはじめとして数多くの評価を獲得し、その評価は数多くの映画賞での受賞をもたらしました。
アカデミー賞こそ受賞できなかったものの、本作品が与えた影響は計り知れません。
- ヴェネツィア国際映画祭
- ラ・ロッシュ=シュル=ヨン国際映画祭
- リュミエール賞
- セザール賞
- ゴッサム・インディペンデント映画賞
ヴェネツィア国際映画祭 金獅子賞受賞!
2021年に行われた世界三大映画祭の一つでもあるヴェネツィア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を受賞しました!
なんと、審査員満場一致の受賞だったそうです!
すごいですね!満場一致、というのは稀なことです!
過去のヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞を受賞した作品は有名な作品が多く、世界で最も注目度の高い賞と言っても過言ではありません。
- ノマドランド
- ジョーカー
- ROMA/ローマ
- シェイプ・オブ・ウォーター
日本の作品では、1997年には北野武監督の『HANA-BI』も受賞しています。
本作品はフランスの映画なので、アカデミー賞やゴールデングローブ賞などの場ではなかなか評価はされないものの、国際長編映画賞にもノミネートされなかったのは、個人的には残念に思います。
しかし、歴史の一片をしっかり描き切り、強烈なメッセージ性を持った本作品のような映画が、ヴェネツィア国際映画祭などの由緒ある賞を受賞したということは、とても大きなことであることに変わりはありません。
まとめ
この記事では、映画『あのこと』の概要・あらすじを紹介するとともに、6つのポイントからネタバレ解説を行いました。
- フランスでは、約50年間中絶は禁止され、そのことが多くの問題を起こした
- アンヌは将来有望であったのに妊娠してしまった
- 学生のうちの妊娠は禁忌であるとされ、周囲にも相談できずに追い込まれていった
- 出産するか犯罪者になるか、と女性には選択する権利がなかった
- 決死の思い出中絶するが、最後に初めて命の重さを痛感した
- アンヌと同様の女性が100万人もいることが発覚し、合法化された
正直、本作品をレビューするかどうか、最初は非常に悩みました。
というのも、女性の苦しみは女性にしかわからない点も多く、「きっと〜だろう」と推測することでさえ、時には無責任な発言となってしまう可能性があるからです。
しかしながら、歴史的な問題や人権のことなど、多くの人が知るべきことを映画を通して伝えていくことは、とても意義のあるものだと信じています。
本作品において、単純に中絶を正当化するのではなく、女性が生きていく中で選択が行えるということがいかに必要であるかということを考えさせてくれています。
ただし、その選択というのは、命に対する自らの責任を問いただした上で行われるものでなければなりませんが・・・
「ちゃんと考えて!」と説教をされる作品ではありません。
自分自身が何を感じ、どう生きていくか、そのことの大切さを静かに、力強く描いています。