映画『イニシェリン島の精霊』が2023年1月27日に日本で公開されました。
本作品は、2023年のアカデミー賞で全作品の中で2番目に多い8部門9ノミネートとなり、公開当時、大きな注目を集めていました。
この記事では、『イニシェリン島の精霊』の概要・あらすじ・レビューとともに、主に4つのポイントでネタバレ解説を行なっています。
- 知っておきたい「アイルランド内戦」
- パードリックは優しくていいやつ。だけど・・・
- コルムが指を切り落とした理由
- バカな男たちと繰り返す歴史
- 「島」というコミュニティの閉塞感
※ネタバレを含んでいますので、あらかじめご注意ください。
とても興味深い内容になっていますので、ぜひチェックしてみてくださいね!
それでは、いってみましょう!
『イニシェリン島の精霊』 概要
ゴールデングローブ賞やヴェネツィア国際映画祭などで賞を受賞し、2023年のアカデミー賞でも大本命と言われていた一作です。
アカデミー賞では作品賞を含む8部門9ノミネートを記録し、受賞の動向にも大きな注目が集まっていた本作品は、惜しくもアカデミー賞作品賞を逃した『スリー・ビルボード』で監督を務めたマーティン・マクドナーの最新作になります。
主演のコリン・ファレルとブレンダン・グリーソンは、同監督作品の『ヒットマンズ・レクイエム』以来のタッグとなり、親しかった関係が崩れていく様を演じる二人には、多くの絶賛の声が届いています。
アイルランドの小さな島の中で起こる友情の亀裂がもたらす悲劇とは?要注目です。
監督 | マーティン・マクドナー |
出演 | コリン・ファレル ブレンダン・グリーソン バリー・コーガン ケリー・コンドン |
時間 | 109分 |
ジャンル | ドラマ |
制作 | アイルランド/イギリス/アメリカ |
予告動画
あらすじ
1923年のアイルランドに浮かぶイニシェリン島
主人公のパードリックは、長年の親友であるコルムに突如絶縁を言い渡される
その明確な理由はわからず、一方的に距離を置かれてしまったパードリックはコルムに歩み寄るも、「話しかけたら自分の指を切断してお前に送りつける」と過激な発言で脅かされてしまう
狭い島で起こる二人の仲違いは次第に島民を巻き込んでいき、思いもよらない事態に発展していく
『イニシェリン島の精霊』 ネタバレ解説
ここからはネタバレ解説を紹介します。
主に5つのポイントで解説していますが、改めてポイントをおさらいしておきます。
作品を深く知る上で、特に抑えておきたいポイントになりますので、しっかりチェックをお願いします!
- 知っておきたい「アイルランド内戦」
- パードリックは優しくていいやつ。だけど・・・
- コルムが指を切り落とした理由
- バカな男たちと繰り返す歴史
- 「島」というコミュニティの閉塞感
※ここからはネタバレを含みます。
知っておきたい「アイルランド内戦」
本作品は、1923年のアイルランドを舞台にしています。
当時のアイルランドは、700年もの間イギリスに統治されており、そのことに不満を持った国民が蜂起して、1919年に独立戦争が起こりました。
1921年には休戦協定がなされ、英愛条約が締結されましたが、結局はイギリスの自治国であるような内容に対して賛成派と反対派で内戦が勃発していました。
アイルランドの本土ではその内戦は激化し、多くの犠牲者を出すことになったのですが、このアイルランドの領土問題は歴史の中で度々大きな問題を起こしています。
つい最近までも、北アイルランドの領土を巡った「北アイルランド問題」なども取り沙汰されており、非常に繊細な問題となっています。
本作品は、その内戦が本土で勃発している最中、砲撃の音は聞こえるけど特に被害はない、という「平和な島」を舞台としています。
その中で、この“内戦”というキーワードが非常に重要になってきます。
パードリックは優しくていいやつ。だけど・・・
作中で周りの人たちにも言われていますが、パードリックは間違いなく「いいやつ」です。
毎日、コルムの家まで迎えに行き、すれ違う人にも自ら挨拶をし、島の中では腫れ物のように扱われているドミニクにも優しく接しています。
だからなのか、コルムから絶縁を宣言され、最初は不憫に感じます。
それからも、なんとか仲を取り戻そうと奔走する姿を見ると応援したくなることもあるのですが、パードリックに対して徐々に「ん?」と思ってしまうシーンが増えてきます。
「話しかけたら自分の指を切断する」とまで言われているのに、話しかけてしまったり、家の中にロバを入れないでと強く言われるのにロバを入れてしまったり、コルムの友人を島から追い出したり・・・
「いいやつ」のはずなのに、結果として周りから人が離れていき、最後には独りになってしまいます。
徐々に不憫というよりは、情けなさが際立ってしまうパードリックのキャラクターが、この作品の奇妙な人間関係を際立たせています。
コルムが指を切り落とした理由
コルムはなぜ絶縁を言い渡したのか?そして指を切り落としたのか?
これは④でも解説しますが、まずは本土の内戦が大きく関係しています。
これまでは隣人であった同じ国民なのに、一つのきっかけにより攻撃し合う関係になってしまう、という内戦の側面が、コルムとパードリックの関係をそのまま表しています。
コルムは「お前の話は退屈だから、時間を無駄にしたくない」と伝えていて、「え、そんな理由??」と思ってしまいますが、戦争なんて理由なく人を殺していますから、ここの理由はたいして重要ではありません。
目に見える場所が戦場となっていて、「もしかしたら死んでしまうかも」というわずかな恐怖心から、過剰なまでにこれまで安全だと思っていたものを捨て、錯乱してしまいます。
それが指を切り落とす、という悲劇に繋がっているのです。
バイオリンを弾き、後世に歌を残すと息巻いていたのに、一番大切な指を切り落としてしまいます。
それこそが最大の脅しでもあったわけで、絶縁宣言の本気度がうかがえます。
戦時下において、いかに人は常軌を逸した行動を取るのか、という象徴にもなっていますね。
バカな男たちと繰り返す歴史
③において、「パードリックとコルムの仲違い=アイルランド本土の内戦」と解説しました。
本作品のラストシーンでは、砂浜でパードリックとコルムが本土を眺めています。
コルムが「砲撃の音が止んだ。終わったんだろうな」と言うのに対して、「どうせまたすぐに始まる。終われないものもあるんだ」とパードリック答えます。
ここでは、内戦に対して言うような描写になっていますが、二人の関係も同じだということです。
アイルランドの内戦は1923年に一旦終息していますが、また後に宗教を巡った民族紛争が起こっており、度々戦火に見舞われています。
戦争という歴史は、あり得ないほどに数々のものを奪ってきました。
側から見たら「何やっているんだか」と理解に苦しみますが、そうやって説明のつかないことをずっと繰り返すのです。
それは人間の心も同様で、他人に推しはかることはできず、いつかは崩れていく可能性を秘めた脆いものなのかもしれません。
昨日までは大親友だったのに、指を切り落としたり、家を燃やしたり・・・
人間は、そんな危ういことを今後も繰り返すかもしれないほど愚かな存在なのでしょう。
「島」というコミュニティの閉塞感
本作の舞台となっている架空の島であるイニシェリン島は、アイルランドのイニシュモア島がモデルとなっています。
本土では激しい内戦が起こっていますが、我関せずというように穏やかな日常が流れています。
それを象徴するように、パードリックは砲撃を聞いて「何の戦いをしているんだろう」と内戦に対して関心のないシーンもあります。
そんな島において、島民は居心地の良さに慣れてしまい、自分たちのコミュニティを信じているのでしょう。
しかし実態は、治外法権のように暴力的な振る舞いを行う警官や私情にまみれた牧師など、少し様子がおかしい人ばかりです。
そこから抜け出した妹のシボーンと、本土に出ることを拒否し、変わることのできなかったパードリックやその他の島民は対照的であり、島の狭いコミュニティで生きる閉塞感が人間の狂気を生み出していると考えられるのではないでしょうか。
それでも島民としてはそのコミュニティの中で生きていくしかないので、パードリックもコルムに固執したのでしょう。
各レビューサイトでの評価
本作品の世間の反応や評価について紹介します。
それぞれ点数と主なレビューを3件ずつ紹介していますので、気になる方はぜひリンク先をチェックしてみてください!
Filmarksの使い方については以下の記事を参考になります。
Filmarks
・遠い国の戦争も普段の些細な仲違いも根本的には同じだということを感じた
・シンプルだけど非常に複雑な作品
・こんなに感情が振り回される作品は初めてだ
Filmarks:『イニシェリン島の精霊』映画情報・感想・評価ページ(https://filmarks.com/movies/99722)
IMDb
・笑えて、悲しくて、寂しい作品
・感想を言うのが難しい、評価が難しい
・すぐに答えを求めるのではなく、何が重要なのかを学ぶ必要があると感じた
IMDb 『The Banshees of Inisherin』(https://www.imdb.com/title/tt11813216/)
Rotten Tomatoes
・マーティン・マクドなーは絶妙なバランスを取っている
・大胆な自己破壊の物語と、人間関係がどれほど厄介なものになり得るか、を感じられた
・リアリズムの中にユーモアと哀愁を巧みに織り込ませていた素晴らしい作品
Rotten Tomates 『The Banshees of Inisherin』 (https://www.rottentomatoes.com/m/the_banshees_of_inisherin)
なぜ2023年アカデミー賞の大本命になったのか
本作品は、アカデミー賞をはじめ多くの映画賞で注目されていました。
実際に受賞に輝く結果になることもあり、惜しくも受賞に至らなかったこともあり、、、とどんな結果にせよ、大きな期待が寄せられていたことは間違いありません。
なんで大本命なんだろう・・・
このパートでは、なぜ本作品がアカデミー賞などで大本命と見られていたのか?を解説します!
歴史的事実に沿った作品
アカデミー賞において、特に作品賞では歴史的事実を背景にしている作品は非常に評価されています。
過去の作品賞受賞作品では、『シンドラーのリスト』や『それでも夜が明ける』などが主な歴史的な事実を描いた作品になります。
その上で、『イニシェリン島の精霊』の優れいてる点としては、その歴史的事実を直接的に描かず、あくまで物語の背景や伝えたいメッセージの比喩として歴史的事実を扱っていることです。
一時期は、『シンドラーのリスト』などの、いわゆる戦争もの映画がアカデミー賞では強いという風潮がありましたが、最近はそんなこともありません。
昨今では、この歴史的事実の描き方も評価の分かれ目になっているのでしょう。
アイルランド内戦という歴史的事実を直接的に描かないところに、本作品の脚本の奥深さを感じられます。
前哨戦の結果
ゴールデングローブ賞は全作品最多の8部門7ノミネートとなり、結果としては作品賞(ミュージカル・コメディ部門)、主演男優賞、脚本賞の3部門を受賞しました。
さらに、世界三大映画祭の一つであるヴェネツィア国際映画祭では、ヴォルピ杯 (最優秀男優賞)と金オゼッラ賞(最優秀脚本賞)を受賞しています。
英国アカデミー賞では、助演男優賞(バリー・コーガン)、助演女優賞(ケリー・コンドン)、オリジナル脚本賞、英国作品賞の4部門を受賞しました。
アカデミー賞は、多くの映画賞の中で最後に行われる集大成のような場でもあるので、この前哨戦の結果は非常に大切になります。
それだけ評価と注目が集まっているわけですので、投票員の心理にも大きく響くわけです。
アカデミー賞は惜しくも無冠の結果に
2013年3月13日に第95回アカデミー賞授賞式が開催されました。
8部門9ノミネートで大きな期待を集めていましたが、まさかの無冠に終わりました。
個人的にはとても残念な気持ちです
アカデミー賞は残念ですが、作品自体の素晴らしさが損なわれるわけではありません。
ノミネートされていた、コリン・ファレル、ブレンダン・グリーソン、バリー・コーガン、ケリー・コンドンなどの俳優陣は今後も活躍が期待されるでしょう。
次なる栄冠を楽しみにしておきましょう!
まとめ
この記事では、映画『イニシェリン島の精霊』の概要・あらすじとともに、ネタバレ解説を紹介しました。
- アイルランドは根深い内戦の歴史がある
- パードリックは情けなく、庇えないことも・・・
- 内戦の恐ろしさを暗喩している仲違い
- 戦争も人間関係も、同じことを繰り返していく
- 島の閉塞感が、常識を変えてしまっていた
明るくユーモアが見られる作品でもありますが、実際のメッセージは非常に重く、決して単純明快ではない作品に仕上がっています。
監督のマーティン・マクドナーは本作品について、「1920年代のアイルランド、そして人生そのものの悲しい真実を描いた」と述べています。
こうやって間接的に歴史を学ぶとともに、自分にも当てはまるような人間としての心理を並行的に知ることができるというのは、まさに映画の醍醐味ですね!